株価評価引き下げ・引き上げ

M&A評価(時価)と相続税評価が全く違うのはなぜ?

M&A評価(時価)と相続税評価が全く違うのはなぜ?

少しだけ詳しいM&A株式評価引き上げ方法の説明

M&Aにおける株式評価方法の基本的考え方

株式評価引上げその方法を理解するためには、まず、M&Aにおける、非上場株式の評価の方法の概要を知っておくことが必要です。
M&Aでの非上場株式の原則的な評価は、相続税評価と基本的には同様で、会社の利益水準の大きさで評価額は決まります。

まず、中小企業の実務で行われている最も一般的な2つの方法を見てみましょう。

①時価純資産+営業権法
帳簿上の純資産のうち、不動産や有価証券など帳簿価額と時価に差があるものを、時価に修正し、営業利益の3年分程度を営業権としてプラスする方法。
(計算例)
・帳簿上の純資産1億円
・不動産の含み益 5千万円
・営業利益 1千万円
・発行済み株式総数 1万株
・株主価値 1億円+5千万円+1千万円×3=1億8千万円
・株式評価 1億8千万円÷1万株=1万8千円
という計算になります。

②フリー・キャッシュ・フロー法
[(現在のキャッシュフロー(営業利益+減価償却費)+M&Aにより増加すると予想される利益]×倍率(5~10倍)=事業価値とし、事業価値ー借入金=株式価値
というように、予想フリーキャッシュフローの何倍(何年分)と計算する方法です。
計算例:
・営業利益 1,000万円
・減価償却費 500万円
・M&Aにより増加すると予想される利益 1,000万円
・倍率5倍
・借入金 2,500万円
・発行済み株式総数 1万株
・企業価値=(1,000万円+500万円+1,000万円)×5倍=1億2,500万円
・株主価値=1億2,500万円ー2,500万円=1億円
・株式評価=1億円÷1万株=1万円

どちらの方法をとっても、利益水準が大きいほど、株式評価は高くなることがポイントです。
もう少し細かく見ると、次の通り、評価方式には大きく分けて4つの方法があります。

        
項目 A)インカムアプローチ B)コストアプローチ C)マーケットアプローチ D)中小企業M&A実務法
評価方法 将来の収益により評価 時価純資産の大きさにより評価 類似する上場会社のキャッシュフローと比較して評価 時価純資産+営業利益3年分程度で簡便的に評価
特徴 利益水準が大きいと、評価が高くなる 保有純資産(時価)が大きいほど評価が高くなる キャッシュフローが大きいほど評価が高くなる 利益水準と、保有純資産(時価)が大きいほど評価が高くなる
客観性 ×
シナジー効果の反映 × ×
将来の利益水準の反映 ×
        
項目 A)インカムアプローチ B)コストアプローチ C)マーケットアプローチ D)中小企業M&A実務法
評価方法 将来の収益により評価 時価純資産の大きさにより評価 類似する上場会社のキャッシュフローと比較して評価 時価純資産+営業利益3年分程度で簡便的に評価
特徴 利益水準が大きいと、評価が高くなる 保有純資産(時価)が大きいほど評価が高くなる キャッシュフローが大きいほど評価が高くなる 利益水準と、保有純資産(時価)が大きいほど評価が高くなる
客観性 ×
シナジー効果の反映 × ×
将来の利益水準の反映 ×

A)インカム・アプローチにおける評価法には、(1) フリー・キャッシュ・フロー法  (2) 調整現在価値法  (3) 残余利益法等が、
B)コストアプローチにおける評価法には、(1) 簿価純資産法 (2) 時価純資産法(修正簿価純資産法)が、
C)マーケット・アプローチにおける評価法としては、(1) 市場株価法 (2) 類似上場会社法 (3) 類似取引法 (4) 取引事例法(取引事例価額)等があります。
評価方法の詳細については「企業価値評価ガイドライン」(公認会計士協会)を参照ください。

A)のインカムアプローチは、将来の利益水準で評価が決まりますし、B)のコストアプローチも過去の利益水準に依存しますし、C)のマーケットアプローチも、減価償却前、利払い前の利益水準に依存します。D)の中小企業M&A実務法も、過去及び将来の利益水準に依存します。

どの方法をとっても、利益水準・収益力の大きさが評価の基準となると言うことです。

株式評価引き上げの2つの方法

前述の通り、評価を引き上げるには、「利益水準を引き上げる」、「利益水準の上がるシナジー効果の出る相手を探す」 といった大きく分けると2つの方法があります。
「利益水準を引き上げる方法」は、成果が出るまでに時間がかかり、簡単ではありません。
しかし、「利益水準の上がる相手を探す方法」は、比較的容易と言えるかもしれません。
そこで、「利益水準の上がる相手を探す方法」から説明します。

利益水準の上がるシナジー効果の出る相手を探す方法

利益水準の上がるシナジー効果の出る相手を探すには、どのような方法があるでしょうか。

①シナジー効果
シナジー効果とは、相乗効果とも言い、自社の弱みを他社の強みで補うことや、自社の強みを他社の強みでさらに補強することで、1+1=2以上の成果を出すものです。

  • これまで取引のなかった顧客に販路を広げる(マーケットシナジー)
  • 不足している人材を確保する(人的シナジー)
  • 互いの技術を組み合わせて新製品を開発する(技術シナジー)
  • 財務基盤を強化することで金利水準を下げる(財務シナジー)
  • 仕入れ先を変更することで、仕入れコストを下げる(コストシナジー)
  • 買収先のマネージメントを強化して利益を生む(マネージメントシナジー)

等々、多様なものがありますが、中小企業のM&Aでは、人材不足、後継者不足から来る人的シナジーやマネージメントシナジーが多いと言えます。

②シナジー効果の出る相手を探すには

シナジー効果は、自社の弱みを他社の強みで補うことや、自社の強みを他社の強みでさらに補強することで生まれるものですから、強みと弱みを見つけるためのSWOT分析が基本です。
SWOT分析は、「強みと弱み」、「機会と脅威」を分析しますが、強みは弱みと機会は脅威と裏腹の関係です。そこを他社のSWOT分析と組み合わせることで、意外な相手が見つかることもあります。他にも3C分析、PPM分析など様々なフレームワークがあります。

しかし、そうしたフレームワークを使った分析よりも、実務上大切なことがあります。
それは、「数多くの相手に当たる」ということです。

昔はM&Aと言えば、秘密裏に一つ一つ時間をかけて順番に当たるというスタイルが中心でした。しかし最近は、数多くの相手から感触を確かめ、その中から個別面談して絞り込むやり方や、オークション方式に変わってきています。M&Aに対する意識が変わってきているのです。
もっと言えば、秘密裏とは正反対に、詳しい情報をオープンに開示して、応募者を募るというM&Aも増えています。個性ある飲食店が、親父さんが腰を痛めたり老齢になったりして、店を閉めるか譲りたいということになって、あの店が廃業になるのなら自分が後継者になりたいという小規模なM&Aです。こういう場合は、全くのオープンな情報開示で、マイクロファンディングのようなノリのM&Aです。
ともかく、スタイルは別として「出来るだけ多くの相手に当たる」ということは重要になっています。

なぜでしょうか。
M&Aによるシナジー効果は、イノベーションの一種です。
ドラッカーは、数多くのイノベーションの事例を7種類に分類してみて、一番多かったのが「予期せぬもの」だとしています。イノベーションのイメージからすると最上位に来そうな「発明発見」に基づくものは、最下位の7番目でした。
M&Aにおけるシナジー効果も、SWOT分析などで予測しうるものだけでは、なかなか高い値で買い取ってくれる相手と出会うことは難しいと言えます。特に財務内容の良くない中小企業では、普通に分析したのでは値がつかないような会社が、意外な高値で買ってもらえることが実務ではしばしばあります。
数を当たって見ないと、このような「予期せぬ」結果は得られないということです。

しかし、「数多くの相手に当たる」には、時間とコストがかかります。信頼のおけるM&Aアドバイザーに、手間暇をかけてもらうことが、最もいい結果になることは間違いありません。

ドラッカーのイノベーションの7つの種

1)予期せぬもの

自らの組織と競争相手における、「予期せぬ成功」と「予期せぬ失敗」、「予期せぬ顧客」「予期せぬ要望」等。

2)ギャップ
市場と、製品、サービスとのギャップ。従来から提供されている製品やサービスが、時代に合わなくなりギャップが生じる。たとえば、現代人が時間に追われた多忙な生活を送るようになったため、ヘアカットのみの、短時間・低料金を実現した理髪店が出現した。潜在的な、顧客が気付いていない欲求。

3)ニーズ
プロセス、製品、サービスの開発において、必要に迫られたイノベーション。「必要は発明の母」ということである。

4)産業構造の変化
産業構造と市場構造における変化。ITの進化により、工場の無人化、フィンテックによる金融システム、流通における、Amazonの影響などで、産業構造は劇的に変化している。

5)人口構造の変化
高齢者人口の割合が高まるなかで、高齢者向け市場はまだまだ未整備である。長寿化対策、認知症対策など、高齢化の進行は、イノベーションの宝庫。

6)意識の変化
考え方、価値観、知覚、空気、意味合いにおける変化。環境意識の高まりが、省エネ、脱石油、EV自動車、脱プラスチックなど、新たな産業を次々と生み出しつつある。

7)発明発見
ドラッカーが事例を調査したところ、この発明発見が最も成功率が低かった。

利益水準の引き上げにより、株式評価を引き上げる方法

シナジー効果を見つけるのとは別のもう一つの方法として、経営改善により、本来の企業の「稼ぐ力」を強め、利益水準を引き上げることがあります。これは簡単に出来るものではありませんが、必ずしも難しいことでもありません。
なぜなら、多くの中小企業の場合、PDCAサイクルを回すというような、基本的なマネージメントがなされていないために、利益水準が低下しているケースが多いからです。
中小企業でなくても「大企業病」という言葉もあるように、JALのような大企業でも基本的な経営力が失われ、収益力が低下して利益水準が低下していることは数多く見られます。
「企業の寿命30年説」というものもありますが、帝国データバンクによれば、創業100年を超える会社は日本全国の企業のたった2%しかありません。

企業だけでなく、日本と言う国自体も急速に衰退しています。世界競争力ランキング2019によれば40年前に「ジャパンアズナンバーワン」と言われ、世界2位の競争力を誇った日本も今や世界30位にまで衰退しています。特に生産性&効率も56位と下から8番目です。
「盛者必衰の理」と言われます。企業も放置すれば、基本的な経営力が失われ、ほぼ必ず衰退することは間違いないのです。

そのような衰退した状態からの利益水準の向上ならば、基本的なマネージメントの導入や基本的な経営力の回復により、比較的容易に達成できると断言できます。

それでは、基本的な経営力とは何でしょう。
JALの経営破綻を例にとって説明してみましょう。

JALはたった二つの事でよみがえった

JALは2兆3,221億円の負債を抱え、戦後最大と言われる倒産をしました。
倒産当時、年間1,337億円の赤字でしたが、JALには、8つの労働組合があり、年収3,000万円のパイロットが労働条件の改善を求めてストライキをするというような、お客様が全く見えていない状況の会社でした。
路線別の採算、一便ごとの収支というものが全く見えておらず、機内販売での売り上げも、そのクルーたちの売り上げとしてはカウントされず、チケット販売の部署の売り上げとしてカウントされていました。

ですから、だれが頑張っているか、どのようにするとお客様が満足してくれ、利益も出るのか、ということが全くわからない状況でした。それで大赤字で経営破綻に至ったわけです。
そこへ、京セラ稲盛会長が乗り込み、意識改革に取り組むことで、「お客様満足」を全社員が心に誓うことが出来ました。
一便ごとの収支を翌日に出し、路線別の採算が見えるようにすることで、頑張った人が評価され、油で汚れた手袋も洗って使う、というコスト意識も生まれ、JALはたった1年で黒字経営にV字回復したのです。1,337億円の赤字が翌年は1,200億円の黒字、その翌年は2,049億円の黒字になりました。

何が再生の原動力だったのでしょう。

当事者であった大西賢JAL元会長は、再生は、「フィロソフィー(考え方)」による顧客第一主義への意識改革と「部門別採算」という会計システム構築のたった二つの柱によるものであったと言われています(「稲盛和夫最後の闘い」 日本経済新聞出版社)。

ここからは、少し抽象的な話を書きますが、お許しください。
(より具体的な話から先に見たい方はこちら。)

利益獲得の根本原則は2つしかありません。
①企業の利益はお客様に喜んでいただいた結果でしか得ることはできない
②お客様のニーズ(課題)は常に変化するので、ニーズの変化に対応が遅れれば企業は必ず赤字になる
という2つの原則です。

お客様に喜んでいただくとは、お客様のニーズを解決し、課題を解決することです。
このうち後者の、変化対応の部分が最も重要です。企業は放置すると必ず従来通りのやり方を続けようとしますから、変化対応が遅れ、業績が悪化するからです。

上述の通り、帝国データバンクによれば、 創業100年を超える会社は日本全国の企業のたった2%しかありません。
企業を放置すれば、人間の性として、その成功体験から、驕り、驕慢の心が組織の中に生まれることで、変化対応力が失われ、ほぼ必ず衰退することは間違いありません。

利益獲得の2つの根本原則にしたがって、利益改善策も次の2つしかありません。
①常にお客様に貢献したいという意識を、全社員が保ち続けること
②常にお客様に貢献できていることを確認し続けること

より具体的に表現しますと利益改善のポイントは、「意識改革」と「見える化」です。
①不断の顧客第一主義への意識改革
②会計による経営の「見える化
の2つの仕組みを持つこと、と言うことが出来ます。

経営の「見える化」により、得られることは3つ。

  • 顧客ニーズ変化への対応遅れのチェック
  • 上手に対応できている人の発見とノウハウ共有
  • 上手に対応できている人をほめてあげ、モチベーションを上げる

このことにより、社内が活性化し、社員がお客様にどんどん提案することが出来るようになり、顧客満足が高くなり、利益水準が上昇するのです。

①不断の顧客第一主義への意識改革
②会計による経営の「見える化」
という2つのポイントは、JAIの再生においても、みごとに証明されています。

上述の通り、JALの再生は、「フィロソフィー(考え方)」による顧客第一主義への意識改革と「部門別採算」という会計システム構築のたった二つの柱によるものであったと、当事者であった大西賢JAL元会長も言われています。

真実と言うものはシンプルなものです。

この記事の執筆者

三好 貴志男
みどり合同税理士法人グループ 代表
公認会計士・税理士
慶應義塾大学経済学部卒、監査法人トーマツを経て現職

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